実装の喜びが、恐怖へと変わった日

Unityでの開発を始めて間もない頃、私は基本的なRPGのエンカウントシステムを完成させました。敵に接触したら戦闘画面へ遷移し、リザルトを経て再びフィールドへ。論理的には完璧で、デバッグ用のログも綺麗に流れていました。しかし、実際にコントローラーを握ってプレイした瞬間、私は自分の作ったゲームの「凶暴さ」に愕然とすることになります。 敵から逃げ出し、フィールドに戻った0.5秒後。目の前にまだ立っている敵と再び接触し、強制的に戦闘に引き戻される。あの「逃げても捕まる」無限ループ。それはゲームの面白さを完全に破壊する、冷徹なロジックの暴走でした。

実装の喜びが、恐怖へと変わった日

「正しいコード」に欠けていたもの

当時のロジックは非常に純粋でした: 『敵とプレイヤーの距離が一定以下(Radius < 1.0f)なら、戦闘を開始する』 プログラムは1秒間に何十回も、その数値を律儀に計算し続けます。人間が「逃げる」という動作を行い、心拍数を落ち着かせるための時間は、一行も考慮されていませんでした。私の書いた「正解」は、プレイヤーの心理という極めてアナログで重要な要素を切り捨てていたのです。 現実に例えるなら、警察から走って逃げて、息を切らせて立ち止まった目の前に、まだ警察官が立って微笑んでいるようなものです。それはもはやルールではなく、嫌がらせでした。

猶予期間(Grace Period)という思いやり

この地獄を解決するため、AIと対話を重ねて導入したのが『猶予期間(Grace Period)』という概念です。「逃走成功」というイベントをトリガーに、一定時間だけ敵の判定を無効化する。たったそれだけのことですが、これがゲームに「慈悲」をもたらしました。

Source Code
// エンカウントを制御する猶予期間ロジック
float graceTimer = 0f;
bool isGracePeriod = false;

// 逃走成功時に呼ばれる
void StartGracePeriod() {
    isGracePeriod = true;
    graceTimer = 5.0f; // 5秒間の「無敵時間」を付与
}

void Update() {
    if (isGracePeriod) {
        graceTimer -= Time.deltaTime; 
        if (graceTimer <= 0) {
            isGracePeriod = false; // 時間切れで判定を再開
        }
    }

    // 判定ロジック。猶予中でない場合のみ計算を行う
    if (!isGracePeriod) {
        float distance = Vector3.Distance(transform.position, player.position);
        if (distance < detectRange) {
            TriggerEncounter(); // 戦闘開始
        }
    }
}

0.1秒単位で変わる「プレイの質感」

猶予時間を3秒にするか、5秒にするか。あるいは敵との距離をどう設定するか。AIのアドバイスを受けながら、私は何度もこの「数字」をいじり続けました。0.1秒の差で、ゲームが「ヌルすぎる」と感じたり「まだ厳しい」と感じたりする。その微細な変化を肌で感じることが、これほどまでに奥が深いものだとは思いもしませんでした。 AIは様々な先行事例を教えてくれつつも、最後には「あなたがどう感じたいか、それが正解です」と私の感覚を尊重してくれました。ロジックを磨くことは、自分の感性を研ぎ澄ますことと同義だったのです。

ロジックの正体は、プレイヤーへの思いやり

この実装を通じて学んだ最大の教訓。それは、プログラミングとは単に機械を動かすことではなく、作り手がプレイヤーに対して「今は休んでいいよ」「ここからは緊張してね」というメッセージを送ることなのだ、ということです。 『猶予期間』というたった数行のタイマー処理。それは機械的な正確さを捨て、人間の不完全さや感情を許容するための、最も優しく、最も重要な「思いやりのコード」でした。

次なる壁を越えるために

一つのロジックの失敗が、大きな学びを連れてきてくれました。今では敵の挙動一つを見るたびに、「これはどのような意図でこの秒数に設定されているのか」と、作り手の思考を透かし見るようになっています。AIという相棒がいなければ、私はきっと無限エンカウントに絶望して開発を放り出していたでしょう。 コードを磨く旅は、まだまだ続きます。次はどのようにしてプレイヤーを驚かせ、楽しませることができるか。その答えもまた、冷徹なロジックと温かい思いやりの境界線に見つかると信じています。